本覚寺について(縁起)

Q 本覚寺はいつ、どこに、誰によって開かれたのですか?

A 天正181590)年918日です。現在の安芸高田市(旧高田郡吉田町)に自性院日朝上人によって創建されました。【本覚寺過去帳には紀伊国(和歌山県)から吉田へ移転したと記載されています】

 

Q 本覚寺はいつ広島に移ったのですか?

A 慶長5(1600)年に現在地(旧左官町)に移転しました。毛利輝元による広島城の築城に伴って移動したと伝えられています。その後、基本的に移転することなく現在に至ります。

 

Q 昭和2086日に原爆が投下された時はどのような様子でしたか?

A 当時の住職は第31世の金川龍洸上人でした。奥さんと2人の女の子、お腹の中に胎児がいましたが、全員死亡しました。本覚寺は爆心地から約550メートルに位置していたので全壊・全焼しました。また近隣の本覚寺檀信徒もその多くが亡くなりました。

当時8歳であった吉田(旧姓)友子さんが811日、被爆後の本覚寺にやって来たそうですが、

「お寺のお堂、その他の建物など跡形もなくがれきの山で足の踏み場もありませんでした。吉田家のお墓は斜め横に吹き飛ばされ、墓石に大きな亀裂が走っていました。他のお墓も同様でした」

と手記に残されています。その後、第32世の本立院日運上人(渡部正康・中興開山)が入寺し、戦後の復興に尽力しました。

 

Q 本覚寺にはどんな被爆石造物がありますか?

灯篭(とうろう)・・・文化2年(1805)10月の銘文があります。

 鳥居(とりい)・・・慶応2(1866)年55日の銘文があります。

 香炉(こうろ)・・・明治1419396の銘文があります。

④狛犬(こまいぬ)・・・昭和14(1939)年6月の銘文があります。

その他、被爆墓石・被爆石仏などが墓地に点在しています。

 

Q 現在の伽藍はいつ建立されたのですか?

納骨堂・・・昭和63(1988)年6月に完成、令和4(2022)年に堂内リフォームが完了しました。

本堂・・・平成81996)年7月に完成、令和元(2019)年に大規模修繕工事が完了しました。

会館・・・平成162004)年10月に完成、令和6(2024)年に大規模修繕工事を予定しています。

妙見大菩薩祠・・・令和3(2021)年11月に設置しました。